松任城

Sunday, 12 August 2012
松任城は、JR松任駅南の古城町を中心に殿町、西新町にまたがってあったといわれ、平安時代末期に当時を支配していた松任氏の館として成立し、後に一向一揆の旗本である「松任組」の本拠地として城砦の形が整えられてきました。

天正5年(1577)に上洛を目指す上杉謙信に攻撃を受けますが、その時の城主・鏑木頼信が和睦にまで持ち込んだといわれています。
これは松任城の南約6kmの水島付近に、七尾城を目指す織田軍が既に陣を構えていたからでしょう。

しかし、織田軍は謙信が七尾城を攻略したとの知らせを受けるないなや、夜半に退却をはじめます。
手取川は数日来の雨で氾濫しており、謙信はこの機を逃さず松任城より水島へ兵を進めます。

この手取川の戦いは、謙信と信長の最初で最後の戦いとして有名です。

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