加納城

Thursday, 19 April 2012
徳川家康は、慶長6年(1601)3月、娘婿の奥平信昌(おくだいらのぶまさ)を加納城主として10万石を与え、また亀姫の粧田として二千石を給した。

築城は岐阜城落城の翌年で、岐阜城の館邸を加納に移して修築した。
本丸、二の丸、三の丸、厩曲輪(うまやぐるま)、南曲輪(大藪曲輪(おおやぶぐるわ))などを備え、関ヶ原戦後初の本格的城郭であった。

加納城歴代城主は、奥平氏の後、大久保氏、戸田氏、安藤氏と変遷し最後の永井氏の時代に明治維新を迎えた。
明治2年加納城第16代城主、永井肥前守尚服(なおこと)が版籍を奉還し、加納藩は同年7月14日に廃藩に至った。
加納城址は、この本丸のほかには二の丸北側の石垣をわずかに残している。

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